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真レイソル人たろう 柏とレイソルを愛する高血圧オトーサンの応援記録です。

不安定な日常を生きる。
[No.132] 2011-04-03 Sun 15:23
御無沙汰です。

結局未曾有の大震災となったあの日から三週間経ったわけですが,その間全く更新する気になれず,というかPCに向かう気すら湧きませんでした。

正直,何を綴ればいいのか解らず,余震と原発事故の不安にさらされている毎日です。

被災者の方々へはもう本当に御見舞を申し上げます。
自分に出来ることが何なのかよく判らない。レイソル経由で募金をしたり節電したりしています。それがどれだけの力になるのかは判らない。でも続けて行こうと思う。募金も節電も。

といいつつボク自身まだ力が湧いてこないのも事実です。情けないんですが。

もちろん被災者の皆さんのケアや被災地域の復興が最重要ミッションだけどもそれを妨げているのが原発。
政府の対応の遅さや東京電力の情報隠蔽には怒りを禁じえませんが,何よりまず両者に共通する鈍感さに絶望してしまう。放射能の恐ろしさを知らないのか,あるいは彼らには守るべき家族や友人がいないのかたぶんそのどちらかなんだろう。でなければあの危機感のなさ,信じがたい鈍感さは理解できない。

おそらく政府も東電もどうしていいのかもう分からないのだろう。

彼ら自身がパニックになりつつも,面子と立場を失い,無知をさらすことを最も恐れたのだろう。国民の生命よりもそっちが先だった。残念ながら。
いずれ政府も東電も厳しい裁きを受け滅亡するだろうが,ここでグダグダ毒を吐いても全く気分は晴れない。そうしている間にも,確実に放射性物質は大気に乗り,土壌に染み込み,水を泳いで汚染を広げている。

そこでひとつ圧倒的に思ったですが。

あの3月11日を境にボクたちの日常は大きく転換を余儀なくされたってことなんですね。
これからボクたちはずっと「原発」と「放射能」を意識しながら生きていかねばならない。それはかたときも忘れることを容赦しない,緊張感の持続を要求される,そういう日常。
良い悪いではない,もうそういう現実しかない中で生きて行く覚悟を突きつけられているということ。
それはボクだけでなく,かわいそうだけど嫁も中学3年になる息子も,みんなその恐怖を受け入れるしかない。その残念で残酷な現実。。。

なんかすみません。

久々に意を決して更新したのにやっぱり暗い話題になってしまいました。

ただ

全く関係ないですが,昨日柏のKAMOに行ってようやくレプリカユニフォームを購入しました。今月下旬に入荷しそうです。背番号のマーキングは28にしました。

レイソルイエローを久々に見たらなんか少しだけ元気になりました。

元気をもらえるものがあるボクはまだ幸せなのかもしれません。

その喜びをかみ締めて毎日を悔いのないように生きて行こうと思います。

皆さん,しぶとく元気に普通に生きてまた日立台で再会しましょうね。



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もし神というものがいるならば。
[No.131] 2011-03-12 Sat 21:57
昨日いつもより早めに営業から会社に戻った。ビルの9F。それからおよそ15分後「あの時間」に遭遇した。

尻から突き上げられるタテ揺れの後,激しい横揺れに机の下に身を隠す。オフィスが,その空気までがぐにゃりと曲げられた。凄まじいシェイク。額縁が振り子のように揺さぶられ,大型キャビネット4台が一気に横転した。

ハメコミ窓の向うではフジテレビの隣のビルから黒い煙が噴出していた。

目の前で起ったことがにわか信じられなかった。正直今も信じられない。「被災した」実感が全くない。

川崎サポYさんの「落ち着いて!」という連呼に少しずつ我にかえった。

状況を見ながら会社のクルマで帰宅を決意,白井から通っている会社の女の子と共に柏を目指した。

しかし,首都高速が封鎖。己の読みの甘さと情報不足を痛感。仕方なく一般道へ。

初っ端から大渋滞にハマリ,特に浅草から6号国道に入るのに2時間かかる。全くクルマが動かなかった。その際3回ケータイに「地震予知情報」の不気味なバイブレータが鳴り響いた。

結局,昨夜6時半に出発し帰宅したのは今日のお昼。たかだか40km弱に約17時間かかった。疲労と不安だけが募る「長旅」だった。両膝が痛む。エコノミー症候群でないことを祈った。


別に神なんて信じてない。

でももし神がいるならば一言言いたい。

祈る気なんてない。その逆だ。


俺たちが何をした。

俺たちは不況で疲弊しきった日々をただ懸命に生きて,これからも平和に生きていきたいだけだ。

そして俺たちはフットボールを楽しみ,愛して,明日を生きる勇気を貰いたいだけだ。

それを全て一瞬に破壊し,略奪する権利が神にあるのか。


そんなやりきれない想いと悔しさと無念を心の奥で叫びながら,それでも今日を,そして明日を生きなければならない。

自然の猛威の凄さは解った。でももう十分だ。

負けない。それでも眼前にある「やらねばならないこと」をして,守らねばならないものを守って,目一杯生きる。

常に勝たねばならない。それがネルシーニョから教わったことだから。


頑張ろう。



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6/25。のってけラジオが終った日。
[No.92] 2010-06-27 Sun 15:44
早朝デンマーク戦に沸いたその日,ニッポン放送「テリーとたい平のってけラジオ」が最終回を迎えました。

ボクは営業という仕事柄,クルマで移動することが多くその道すがらよく聴いていたんですが

どのくらいよく聴いていたかというと,タイトルを変えながら約12年と3ヶ月放送していた中で確か99年頃から聴き始めていたからかれこれ11年くらい。ほとんど毎日聴いていたって感じで。

もちろん仕事があるから全部は聴けないですが,ボクにとっては番組が始まる13:00から13:30の間が特に面白くて,ここは外さなかった。お客さんとの打合せをいつも13:30からに設定していたのはそういう理由です(笑)

テリー伊藤って世間のイメージは,天才と狂気が紙一重の,いつも怒っているオジサンというところなんでしょうけど

全くその通りです(笑)

番組は政治から芸能まで幅広くそのときのエポックメーキングをテリー伊藤独自の視点で斬り込む,というのが柱で一種タブロイド紙テイストなんですがその切り口が実に斬新でいつも惹き込まれていました。


テリー伊藤という人は言っていることはムチャクチャなこともあるんですが不思議な説得力を持っている。

ボクは相当に影響を受けましたわ。

物事に対する捉え方・考え方もそうですけど彼独特の言い回し,表現の仕方は本当に勉強になった。ビンビン響きました。

このブログでもその言い回しを結構使わせて貰っていたくらいでね。


のってけラジオはボクの日々のサイクルにしっかりはまっていたので,それだけに突然最終回の告知があったときはかなりショックを受けました。

ヘンな話,このサイクルはボクが生きている限り未来永劫変わらないと思っていたから(苦笑)

なんで急に終了することになったのか,そこは分からないですが。

マンネリ化の問題は多分にあったかもしれない。

12年以上も続けていればいくら面白いとはいえ多少のマンネリ感は否めずそこはどうしても避けられない。のってけラジオが始まった当初,文化放送の「吉田照美のやる気MANMAN」が絶頂期で他の番組を大きく引き離していたんですが,あれも20年続きながら確か2年前だったか,やはり惜しまれつつ終了。そこにのってけが大きく関わっていたのかは何とも言えないけど,2000年以降に入りテリー伊藤節が炸裂しまくっていたのは事実だった。

テリー伊藤本人の体調の問題もあったんじゃないかなあ。

去年だったかその前だったか日本テレビ「スッキリ!」のメインパーソナリティーを勤めるようになって,相当な激務だったんじゃないかと思います。テレビ・ラジオに関係なく,一週間の帯番組を同時に二つ掛け持つのはいかに彼が天才でもきつかったんじゃないかと。

正直,ここ最近の彼のコメントがずいぶんマイルドになったというか毒性がなくなってきたというか,それは感じていました。番組の構成もそれに同調するかの如く,全体的にキレ具合が緩くなったかのような。

テリー伊藤は相当に疲れていたのではないか。

と,これはあくまでもイチファンの勝手な妄想に過ぎないんですがでも全く的外れでもないんじゃないかな。

などと考えつつワールドカップが始まり刻々と日々は過ぎて行き





一昨日の金曜,のってけラジオは15:30,いつもの感じを残しつつ静かに終了しました。


正直まだ実感が湧かず,たぶん明日のお昼ニッポン放送にチャンネルを合わせて初めて「あ,終ったんだわ」って思うんでしょうね。

まだ寂しさは拭えず,当分トラウマのように引きずりながら日々を送って行くのでしょう。


ただ,そんな中(これもテリー伊藤が話を展開させるときに使っていたフレーズでした)


最終回が始まって早々,テリー伊藤はマイクの向うでこう言っていました。

「今日のってけラジオが終るんですけども,この日に日本がデンマークに勝って決勝トーナメントを決めたってことでこれはこれからもずっとみんなの記憶に残るだろうし,それを思い出したときにのってけが終ったことも思い出してくれるかもしれなくて,それは本当に嬉しいことですよね」

なんかね,ちょっと涙ぐみそうになってしまいましたよ。

すごいヘンな言い方ですが好きな番組が終るというのは一種,死に別れに近い感情を抱いてしまいます。

でもこうやって一区切りをつけて行く,出会いと別れを繰り返して行くものなんですわね。

「テリーとうえちゃんのってけラジオ」「テリー伊藤のってけラジオ」「テリーとたい平のってけラジオ」

テリー伊藤氏を始めとするこれら番組に関わった皆様,いつも楽しい放送をありがとうございました。そして本当にお疲れ様でした。


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浅田真央選手。一言。
[No.62] 2010-02-26 Fri 23:59
そりゃあ悔しいだろうし全然納得していないだろうしひょっとすると今夜はずっと泣いているかもしれない。

それで正しいと思う。

極端に言ってしまえば彼女は別に誰のためでもなく日本国民のためでもなく自分が世界一になりたい,金メダルが欲しい,という素直な夢と野心を原動力に自分自身のためにやってきた。

だからボクは感動をありがとうとかそういうことを言うつもりはありません。

キム・ヨナ選手の得点が高過ぎるとかそういう声もなきにしもあらずですが,そんなことよりも

悔し涙を浮かべつつも失敗を認める潔さそして謙虚さ。そして人前で我を失わずしっかりと対応したその気高き姿勢。

演技そのものよりも終了後のインタビューは女性に対して適切な言い方ではないかもですが,カッコよかった。

良いものを見せてもらった。そう思いました。


確かに金メダルは世界でただ一人にしか与えられないけれど

それをいうなら銀メダルだって世界で一人だけに与えられるってことで,同じだ。そしてその本当の価値は実は本人が決めるものじゃないでしょうか。

もう一度言いますがきっと本人は今悔しくて悲しくて情けなくて絶望して眠れない夜を過ごしているのかもしれない。

それでも

外野的イチ日本国民の勝手な一言を言わせていただけれるとすれば


浅田真央選手。



準優勝,おめでとう。


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